2014年01月25日

今年も駆け巡ります♪

年末年始、辛いことがありましたが、いつまでも落ち込んではいられません!
ということで、寒さが大の苦手のハニーを2年がかりで口説き・・・

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今日は何年かぶりに『支笏湖氷濤まつり』にやってきました


平成最強の晴れ男!を自負する私( ̄^ ̄)エッヘンexclamation
今回は寒がりハニーのため、気温もプラスにしてみましたよ<( ̄^ ̄)>どうだ。
心優しい夫でしょ(笑)

普段、支笏湖畔駐車場は有料ですが、祭り期間は嬉しい事になんと無料
なのですが・・・

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会場入り口手前には任意の募金受付場が
任意!ではありますが・・どう見ても素通りはしにくいこの雰囲気目
祭り会場設営の労力を思えば仕方ないですかね。

さて、募金後いざ!会場内へダッシュ(走り出すさま)

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会場に入ってすぐ目に入るブルータワー目
支笏湖ブルーの象徴的氷像ってとこでしょうか。

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トンネルのような氷像の途中にあるスペース目
色のグラデーションがいい感じです。

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氷で作られた苔の洞門目
今回の氷像の中で我が家の一押しかなぴかぴか(新しい)

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氷づけとなった魚たち目
例年ならマイナス2ケタも珍しくない支笏湖畔
水中では魚たちもこのように春まで氷づけに!?

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幻想的な光の世界を演出する氷像の数々目
日の光に輝く昼間の氷像もいいですが、個人的にはやはり夜がお勧めですねわーい(嬉しい顔)

『支笏湖氷濤まつり』が久しぶりの私と初めてのハニー・・・


氷の芸術に感動のオーラexclamation&question全開exclamation×2

会場内で販売されていたタコヤキ&豚汁で体を温めて暖房のある休憩小屋で小休止後・・・

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冬の澄んだ夜空に広がる大輪の花火かわいい

今夜は祭り期間最初の花火という事で・・・


来場者全員での打ち上げカウントダウン


約20分の冬の花火を満喫

辛い母親の死ではありましたが、常に隣で支えてくれたハニーには沢山助けてもらいました。
本当に感謝です。



これからも夫婦二人三脚で楽しい思い出をたくさん作っていきたいと思いますわーい(嬉しい顔)

という訳で・・・

『お気楽亭主ピッピの北海道ぶらり旅♪』
今年も愛車アレックスに乗り、
愛妻を道づれに美食・美景を求めて北海道内所狭し!と駆け巡りますわーい(嬉しい顔)手(チョキ)

2014年01月16日

見送りましたが実感が・・・

平成26年1月12日 午前9時44分 母親が永眠しました。

16年間のガンとの戦い。

6年前には5年後の生存率は20パーセントと医師から宣告されながらも、一時は医師も驚く驚異的な回復を見せた母でした。

このまま奇跡の完治をしてくれるのでは!との思いは叶わずに昨年12月10日にホスピス施設への入院。

できる限り時間を作って見舞いに行く日々でしたが12月27日、医師より余命は1週間程度と告げられました。

いつ急変しても不思議ではないという状況下で病院からの携帯電話かかかってくる瞬間に怯えながら日々弱っていく母親のところへ職場の理解の下、数時間早退させていただき、できる限りの笑顔を作って通う毎日。
正直、精神的にはかなり辛かったです。

そして母が亡くなる1日前、病室から帰宅しようとした時に『明日、来る時に梨を買ってきてくれるかい』と言われ、季節外れの梨を探し、とっても美味しそうな梨を見つけ持って行こうとしていた1月12日・・・・

父から『母さんが今、亡くなった・・・』との電話。

週に1度のシーツ交換を終え、見舞いにきていた父が病室に入ろうとしていた時、慌ただしく動く看護師さん達の姿・・・・

父がシーツ交換作業のため病室を1度出て戻るまでの数分の間に母は静かに息を引き取りました。

思えば12月の28日、父が母の見舞いに訪れていた際、
母がポツリと父に・・・
『父さん、今までありがとうね』
と言った時、母は自分の死期がもう間近にあることを気づいていたのでしょう。

女性の平均寿命が80歳近くなっている昨今ですが、母はまだ65歳
まだまだ元気でいてほしかったです。

今日、色んな方々のお力をいただき無事に通夜と告別式を終える事ができました。

今回の葬儀でお坊さんが言われた言葉・・・、
母の死は『死』というものが万人に必ず訪れる避けがたい現実である事。
それは老若男女に関わらず、いつ誰に訪れるか分らない事である事を今生きている人々に知らしめている。
今ある命を永久にあるものと思わずに大切に生きる!
そういった事がとても大事であるといった話をされていました。

これは私自身が生死をさまよった時より強く思っている事と同じ考え方でした。

私は親孝行な息子ではありませんでした。
社会人としてもいい歳を重ねてきながらまだまだ甘い言動が多く、
結婚し世帯を持っていますが、夫として生涯の大切な伴侶を守る力が十二分だ!と胸を張って言いきるにはまだまだ力及ばずの部分が数多くあります。

ですが・・・

過去は替えられませんが未来は今の自分次第。
『命』は有限であり、その期限は誰もが知らないところです。

今、自分がすべき事をしっかりと見定め、己の『命』がいつ付きようともその時に後悔することが少しでも少なくあるように日々を大切に過ごしていかなければ!という思いをさらに痛感した2日間。

これまで友人知人を始め親戚の『死』を見送って来た事はありますが、肉親の『死』を見送ったのは母が初めて。

映画で知る『おくり人』の光景を現実として見つめ、母の骨を拾っても、母の死を現実とは思えないでいます。
しかし、母が他界したのはまぎれもない現実。


現実を痛感するのはこれからなのかもしれませんが、母が残した教訓を胸にこれからも自分の人生をしっかりと生きていこうと思います。
posted by サトシ at 22:24| Comment(18) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする